吉田さらさのイベントとお知らせ

寺と神社の旅研究家、吉田さらさの新刊、雑誌記事、講座、ツアー、イベントなどの情報です。

2010年7月初旬、岐阜の旅

わたしの故郷は岐阜県です。でも、岐阜県の神社や寺には、あまり詳しくない。
お隣の長野県や滋賀県には、かなり詳しいのに、不思議なものです。
東京育ちの人が東京タワーに行かないようなもので、どうしても地元は後まわしになってしまっていたようです。
しかし、今回、実家に帰るついでに、友人と関市と郡上八幡市に行ってみました。



まずは、関市の円空館です。
ここは、「円空の里」と呼ばれる里山公園の中にあります。
関市内の寺や神社、個人所有の円空仏が展示されており、定期的に変わります。
もうちょっと数があったり、大作があったら、もっとよかったなぁと思う反面、
円空さんが入定なさった場所(終焉の地)も近くにあるし、
円空さんのお墓参りもできるので、円空ファンなら一度は行くべきでしょう。



また、このあたりは、かつて弥勒寺という大寺があった場所です。
その弥勒寺は、七世紀後半、壬申の乱で功績があったムゲツ氏という豪族が建てた寺です。ムゲツ一族の中に、大海人皇子(のちの天武天皇)の舎人だった人がいたそうです。
それはすごい。こんな地方の片田舎に、日本の歴史上の重要な出来事にかかわった人物がおり、そんなに古くから、立派な寺があったとは知りませんでした。
わたしは完全に、地元を侮っていたようです。



関市は「関の孫六」で有名な刀の街であると同時に、うなぎの街でもあり、数々のうなぎ屋さんがあります。
円空館でお勧めの店を聞くと、「辻屋ですね」とのこと。
創業150年の老舗で、店のつくりも文化財風です。
うなぎもめちゃ美味しくて、ここで食べたら、東京で高いうなぎなんか食べたくないぞと思うほどです。円空詣でに行ったら、ぜひ辻屋さんにも寄ってください。



その後、板取川沿いの道を走って、高賀山の円空記念館へ。
アジサイロード」と呼ばれ、七万本ものアジサイが咲き乱れる世にも美しい道です。
高賀山は、古くからの信仰の山で、
一番奥に、高賀神社があります。そこの収蔵庫にも、趣き深い破損仏や珍しい神像があるので、お見逃しなく。
そのすぐ下が、円空記念館です。
円空さんの晩年の傑作たちが三十点ほど展示されており、ひとつひとつが実に素晴らしくて感動的でした。



とりわけ、一木造り三像【十一面観音・善女竜王・善財童子】に
魅せられてしまい、午後の予定などすっかり忘れて、前のベンチに座り込みました。
座り込んで何時間でも見ていたいと思うか否かが、
わたしが仏像を見る時の基準なのです。
どれほど有名な仏像でも、個人的に心に響かなければ、
さっと見て終わり、ということもあるし、
それほど有名でなくとも、いつまでも見ていたいと思うこともある。



こちらの円空仏は、円空さんが自ら定めた人生の終焉の心境を表したもので、
それだけに、他の仏像には感じられない深い思いがこめられているようです。
同行の人は熱烈な円空マニアで、「うーん、やっぱり木食仏より円空仏がいいな。
木食は、達者な彫刻家ではあるが、ここまで深い精神性は感じない」と、言っておりました。
それは、ある程度、わたしも同意かも知れない。
円空仏は各地におびただしくあって、すべてがよいというわけではないけれど、
中には、明らかに天才の技と思わせる大傑作があります。
円空さんの出身地とされる羽島市の中観音堂などにも、素晴らしいものがあります。



こちらの記念館は、素朴ながら展示方法も感じがよく、
おまけに館内には、音を絞ったジャズが流れていました。
わたしたち以外に誰も訪れる人はおらず、実に贅沢な時間と空間でした。
幸福とは、こういう時間を何度持てたかということだと、わたしは思います。



アジサイを眺めながら、さらに山奥へと車を走らせ、
今夜のお宿である秘湯に着きました。
日本秘湯の会も推薦の素敵な宿で、
このシーズンは、蛍も見られます。
あまりに気に入ったので、ここでは名前は書きません。
個人的に、たびたび泊まりに行きたい宿です。



翌日は、宿の方の勧めで「株杉の森 板取21世紀の森公園」に行きました。
まずは、三万本ものアジサイが咲き乱れる美しい園があり、
その奥の山道沿いに、不思議な形に曲がりくねった杉の木がある森があります。
ここがもう、これまでの人生で見たことがないほど美しく、神秘的な世界でした。
前日に円空さんを見て感動したのと同じくらい、心を揺さぶられました。
樹木の力は、人間の力をはるかに超えています。


その後、板取川沿いの、「しゃくなげ」という店に寄り、ゆっくりとお昼ご飯をしました。
鮎をどーんとのせて炊いた鮎ご飯がお勧めです。
鮎を崩して底のほうのおこげと混ぜていると、どんどん美味しくなります。
同行の人は、円空マニアであると同時に厳格なグルメでもあり、
どこの店につれていっても、なかなか納得してくれません。
でも、昨日の辻屋とここは、すっかりお気に召したみたいです。



それからまた山間の道を辿り、郡上八幡に出ました。
このごろ観光で有名になったけれど、昔の地元民にとっては
「山のはるか向こうの田舎町」です。
確かに昔と比べると、しゃれた店も少しできたけれど、まだまだ田舎の、風情のある町です。
こちらでは、安い民宿に泊まりましたが、ここもなかなか気に入った。
小さな庭園を眺めながら、お値段以上の凝ったお料理をいただけます。



厳選されたお茶道具が展示された斎藤美術館もよいです。
館内には、古い建物を利用したカフェもあって、お庭を眺めながらゆっくりできます。
そして、何より大発見だったのは、慈恩護国禅寺の庭園です。
池があって、天然の滝まで流れる幽玄で豪壮なお庭で、京都の庭園にも決してひけをとりません。
写真撮影が禁止だったので、お見せできないのが残念です。
夏もいいけど、秋にどんなに素晴らしくなることか。



仏像、庭園、自然、美味しいもの、宿、温泉。
すべてよしの、素敵な旅となりました。
どこへ行っても、あんまりたくさんの観光客に出会わず、
どこか美しい別世界を探訪しているかのような不思議な感覚でした。
これまでいろいろなところに行きましたが、この感覚は味わったことのないものでした。
あの秘湯の先には、何があるのだろう。
もっと奥へ、もっともっと知らない場所へ。
人生の半ばをすぎても、まだまだ好奇心だけは、いっぱいあります。