吉田さらさのイベントとお知らせ

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カーネーションが面白過ぎる

出張続きで激忙しく、本当はこんなことを書いている場合じゃないのですが、今日は朝から「カーネーション」を見て号泣してしまったので、仕事をほっといて、感想を書きます。

「女のうちはだんじりにも乗れん。お父ちゃんがあっぱっぱを作ったらいかんとも言う。その上、へたれのカンスケにも負けてもうた。悔しい」と泣きじゃくる14歳の糸子ちゃん。もうしまいや、うちは何もできへんと繰り返す孫娘の頭を優しく撫でるおばあちゃん。気持ちが痛いほど伝わってきました。わたしが育ったのは、女の子でも独り立ちできる時代なので、同じような経験をしたわけではないのですが、やりたいこと、成し遂げたいことは山のようにあっても、自分の限界がわかってしまってつらいと思うことは、こんな年齢になった今でもけっこうあります。でも、そんな中でも、自分が乗れそうなだんじりを見つけて、それに向かって努力することが大切だと、改めて教えてくれました。

今月は出張が続いて、足の具合もイマイチで体力的にかなりきついものの、片付けられないほど仕事が山積しているのは何よりの幸せです。わたしも糸子ちゃんみたいに踏ん張って乗り切るのだ!

今はなかなか未来に希望を持てない時代だけれど、糸子ちゃんが育った昭和初期も、今以上にしんどい時代だったでしょう。でも、これから糸子ちゃんは、いろいろな苦難を乗り越えて、未来を開拓していくはずです。今日の放送を見て、「みんな、もう一度がんばって自分のだんじりを見つけようぜ!」と心から思いました。朝の連ドラを見ているのは、どっちかと言うとわたしみたいなおばちゃん世代の人だと思うのですが、若い人にも見て欲しいなぁ。

カーネーションはまだ始まって二週目ですが、完全にハマってしまいました。来週はいよいよ糸子ちゃんがぱっち屋さんで働き始めますが、また出張なので、録画せねば!

思い返せば数ヶ月前、わたしはこのブログに「おひさまが楽しすぎる」と書いたものです。でも、正直なところ、おひさまの後半は、かなり退屈でした。大好きな安曇野の風景が出てくるのだけを楽しみに見ていた感があります。戦後のおひさまがなぜいけなかったか。それは、本当は、苦難に満ちた時代のはずなのに、陽子ちゃんとその家族が、あまり大きな葛藤もなく、ほぼ平穏に暮らして現在に至ってしまったことです。特に、あれほど一生懸命にやっていたはずの先生の職を、子育てがたいへんということであっさり辞めてしまったときには、テレビに向かって、つい叫んでいました。「陽子ちゃん、ちょっとあなた、甘過ぎない?」

「わたしは太陽の陽子」のはずなのに、結局太陽ではなく、家族に守られる月になってしまった陽子ちゃんが、すごく残念でした。でも、糸子ちゃんはきっとやります。何があっても、自分が見つけただんじりであるミシンに、絶対乗ります。

朝の連ドラは、ゲゲゲの女房に途中からハマって以来、わりとよく見ています。ゲゲゲの次の「てっぱん」は、現実離れした無理のある設定が気になったが、それでもたまに見ると面白い部分もあったし、おひさまも、前半はとっても楽しかったのです。連ドラは半年間と長いので中だるみする傾向も多々ありますが、カーネーションの脚本家さんには最後まで今のテンションを続けて欲しいものだと思います。

ちなみに、最近の「江」も、どうにかならないものでしょうか。やはり、舞台が大好きな近江だからほとんど毎週見ているものの、正直言ってつまらないです。同じ脚本家さんの「篤姫」は大好きで、再放送まで見たのですが……。